売りたいときの不動産レスキュー/株式会社不動産セレクト 名古屋営業所 羽地(はねじ)です
今の現代社会において情報というモノが大量にはびこっていて、何やらネット等で色々調べた所、「現代人が1日に触れる情報量は江戸時代の一年分、平安時代の一生分」とも言われているそうです。
まぁ、確かに私も年齢が38歳となり「高田純次がブレイクした年齢と同じ年だ」なんて事を思ったりする中
で昔と比べて様々なことが容易に調べることが出来る環境にいるのは確かだと痛感することが多々あります。
たしかアレは中学2年生の頃だったと思います。
いまでも鮮明に思い出すALT(外国語指導助手)が学校に来た時の事で、中1の時は「ジャネット熊本」が来て、
変な名前だな なんて思っていた次の年に来たのが「ステイシー青山(以下、ステイシーと呼びます)」でした。
おい、なんか英語の名前+地名のヤツばっかり来るな と思った記憶もありますが、ステイシーはスラッとして
背が高く、顔立ちも目鼻立ちがハッキリして綺麗でした
わたしは得意な強気外交でペラペラ英語を喋るステイシーに「何言ってるかわからんけど、住んでる国の事を俺に色々教えて」と当時同じクラスのテツヤという子とステイシーに毎日ダル絡みをしたのを覚えています。
なんなら、そこからかなり仲良くなってマンガの1ページのような授業終わりの夕方に2人で英語の勉強をしたり、体育館のグランドピアノで2人で連弾したり、カロリー直接食ってるみたいなお菓子を食わされたりした。
まだまだ、思い出は多くありますが少なくとも私とテツヤが「学校で一番仲が良いのは俺だ」と帰り道に
しょうもないこと言っていたのも今書いてて思い出しました。
ただ、そんなステイシーとの私の記憶や情報の中で忘れられないエピソードがあります。
ふぅ、、、さて前述にも記載したように私はステイシーと非常に仲が良く、校内で他の友人数人と話していても
私を見つけたらステイシーから
「HANE~ッ!」、「HANE~ッ!!」
と呼びかけてくるそんな良い関係性でした。
しかし、ステイシーとお別れの時は訪れます。
10月31日のハロウィンの日が最終日で翌日には自国に帰ってしまうという事でした。
学校のみんなでステイシーに手紙を書こうという授業があり、ステイシーがみんなの手紙の返信を書く期間も
必要だからハロウィンの二週間前までには提出するようにという事でした。
みんなが色んな思い出、伝えたい情報を英語で書いてハロウィン仕様の手紙を期限を守って提出する中、
「当日に渡した方がいいでしょ」
ということで私とテツヤは二週間前の期限を守らずにいました。
その間もルーシーに会うたびに
「HANE~、テガミはドウナッテル~?」
「HANE~、テガミカイテナイノ~??」
みたいな事を言われ続け、『待っとけ、待っとけ。笑』というやりとりをしていました。
ハロウィン当日、私のクラスは英語の授業はなく放課後にテツヤと一緒にステイシーに手紙を渡しに行きました。
するとステイシーは満面の笑みで「HANEッ!TETSUYAッ!Thank you~!!」と既に手紙を準備してくれており、渡してくれました。
私は手紙を開き、すぐに目に入った文章を少しだけ見てすぐに手紙を閉じました。
テツヤから「見ないの?」と言われましたが、泣いてしまいそうだったので「家でちゃんと見るわ」と言って、
お互い手紙の内容は伝えず、仕事が終わり校門を出ていくステイシーを見送りました。
そして家に帰って、《あの場所では泣いてしまいそうだったけど家なら大丈夫だ》とステイシーからの手紙を
改めて開き、読みました。
「・・・・あぁ、やっぱりそうだ。」
手紙を見て、思いました。
一番最初の挨拶。
そこにはしっかりと、そして力強くこう書かれていました。
文章:「HALLO!! HANEGI!!」
意味:「やあ!!はね《ぎ》!!」
名前が違えぇッッッッッッッ(泣)!!!!!
名前ちげーんだから、マジ泣きそうになってその場で読めなかった。
まさかのスタートからつまずいてて、手紙の内容が全然入ってこねぇッ!!
テツヤと話してた「学校で一番仲が良いのは俺だ」ってのも根底から崩れちまう。
だって仲良しで認識されてるの【はねぎ】であって【はねじ】じゃねーんだもん。
俺であって俺じゃねーんだもん
でもどうにかこの状態を好転出来ないか色々調べた。
【訓令式ローマ字】だとGIをジって読むって事で英語担当の冨山先生にも後から「学校の英語は訓令式ですか?」って聞いたけど、「ヘボン式だよ」っていうから、もう【はねぎ】だとずっと思って生活して【はねぎ】だと思ってそのまま海渡って、俺の手紙飛行機とかでちゃんと読んで高度何千メートルぐらいで「あ、あの子【はねぎ】じゃなくて【はねじ】だったの??」ってなってるじゃん。
って思ったエピソードがあります。
名前を間違えられない距離のとり方、仲良くなり方も調べられていればこんな傷跡は残っていないのでしょうか?
簡単に情報が手に入りやすくなっていた平成という時代であっても私の正式名称の情報は手に入らなったようです。
やはり平安時代や江戸時代と違ってふわっとなんでも情報として入ってくるような現在社会だからこそ、
正しい情報が埋もれてしまうのかもしれません。
でも私の身に起きたこんな情報も気軽に発信でき、そんな情報を知ってもらえるのも今だからこそなんでしょうね。

